ヒュルル・・・と、木枯らしが先生のいた場所を吹き抜けていった。

まるで最初から何にもなかったんだよと言わんばかりに、先生の残した微かな気配を容赦なく吹き散らしていく。

本当に・・・、夢でも見ている気分だった。突然現れて、唐突に消え去る。いかにも先生らしいやり方。



帰還途中で、身体だってきっと辛いはずなのに・・・、悪い事しちゃったかな・・・。

何気なさそうな顔していたけど、もともと青白い顔色が更に血の気を失っていた。

マスクと額当てに誤魔化されて、つい見落としてしまう本当のカカシ先生。今だって、相当無理をさせている。

いつまでたっても、私って出来の悪い生徒のままなのかな・・・?



枝に腰掛けたまま膝を抱いて丸くなっていると、小さなつむじ風と共に銀髪のサンタクロースが現れた。

左目を隠すように、赤い帽子を斜めに目深く被っているけど、口元は露わになっている。 あれっ? お髭はどうしたの?



「あ・・・、忘れた・・・」



アハハ、しょうがないね。ホントに。

でも、想像してたより、ずっとずっとカッコイイよ、カカシ先生。



「今から戻るのも、何だか面倒くさいし・・・。 ま、大丈夫でしょ、これ位」



剥き出しの顎をつるりと撫でながら、事も無げに笑い飛ばしている。

もしかして、最初から付ける気なんてなかったのかも。

トレードマークのマスクがないと、案外『写輪眼のカカシ』だなんて誰にも判らなそうだしね。

ちょっと眠たげでどこかいい加減そうな笑顔。猫背なのは相変わらずで、なんだかちゃらんぽらんなサンタクロースだけど・・・。

でも、私にとっては最高のサンタクロース。世界でたった一人の、かけがえのないサンタクロースに違いないから。



「先生、両方の手出して」



「何?」 と不思議そうに伸ばされた両腕を、服の上から軽くなぞった。

目を半眼にしてスッと精神を集中する。掌にチャクラを張り巡らせ、怪我の具合を視診せずに確認していった。

ここだ・・・。

クナイのような刃物傷が数箇所。矢尻でできたらしい掠り傷も数箇所。掠った痕からは、軽い神経毒のような物質も感じる。

命に係わるような重篤な症状は引き起こさないけど、これでは思うように身体を動かせない筈。早く毒抜きしないとね。

ブゥンとチャクラに意識を集めて、そのまま一気に治療を施した。



「・・・腕、上げたな」



びっくりしたように目を瞠るカカシ先生。 「あっという間に身体が軽くなった」 と驚きを隠せないみたい。 

えへへ。私だって、ちゃんと頑張ってるんですからね。先生と離れ離れの時間を無駄に過ごしてた訳じゃないのよ。



「・・・じゃ、行きますか」



軽々と荷物を担ぎ、ニッコリと手を差し出された。

そうっと手を伸ばし、確かめるようにしっかりと手を繋ぎ合う。

手甲を外した先生の手。

大きくて、ごつごつしてて、少しかさついてて、でもどこか柔らかくて、そしてとても力強くて・・・。

懐かしい感触に、思わず胸がドキンと高鳴った。

あぁ・・・。 本当に、カカシ先生なんだ!



「行くぞ!」

「ハイ!」



ヒュン ―――


そのまま一気に丘を駆け下り、近くの民家の屋根に飛び移った。

赤い服が風を纏ってパタパタとはためいている。

不思議だね。

あれ程鬱陶しかった任務が、先生と一緒だとまるで本物のサンタクロースになって、

世界中の子供達にプレゼントと幸せを配り回っているようで、楽しくて楽しくてしょうがない。

トナカイも鈴の音もないけれど、私達は紛う事なく立派なサンタクロースだよね。



ヒュン、ヒュン、ヒュン ―――


無言で繋ぎあった手から、いろんな想いが溢れて伝わってくる。

寂しかった事、楽しかった事、辛かった事、嬉しかった事、そしてこんなにも愛しいと想っている事・・・。

ほんの一瞬だって、この手を離したくない。

そっと頭上を見上げると、今にも降ってきそうな満天の星空が辺り一面に広がっていて、

漆黒のビロードを背景にキンと凍てつく空気に晒され、どの星もキラキラと光り輝いていた。

小さく吐く息までもが、キラキラ光るダイヤモンドに次々と変わっていって。

なんて綺麗なんだろう・・・。

先生が側にいるだけでどんどん風景が切り替わっていく。

何の変哲もない夜空が、壮大なイルミネーションに生まれ変わっていく。






やっぱりカカシ先生は凄い。

私の考えたルートを所々修正して、最も効率の良いルートを考え、次々とプレゼントを配っていく。

必要に応じて一緒に配ったり、二手に分かれたり、時には先生が艶かしいサンタにもなったりして、

どんどん子供達の元を訪ねて回った。

プレゼントを片手にそっと部屋に入ってみると、

サンタの訪問を待ちかねて、うっすら窓を開けたままうたた寝している子、

枕元に雪ダルマやサンタの縫いぐるみを並べて、お行儀良く眠りついてる子、

中には、厳重に窓ガラスの鍵をかけドアの前にバリケードを築き、さらなる罠まで仕掛けた頼もしいツワモノまでいたけど、

どの子もみんなワクワクと楽しそうに、プレゼントを今か今かと待っていた。

そして、どの子の傍らにも必ず手書きのクリスマスカードが置いてあった。



           さ ん た さ ん へ
         め り ー く り す ま す
    ぷ れ ぜ ん と ど う も あ り が と う 





たどたどしい文字と、可愛らしいサンタクロースの似顔絵。

一生懸命にクレヨンを握る姿が頭に浮かんでくるような、

どれも微笑ましくて、心が暖かくなる物ばかりで。

こちらこそ、ありがとうね・・・。

プレゼントと引き換えに、素敵なカードを大切に頂いていった。





クリスマスイブの真夜中に始まった任務も、数時間の内に無事終了した。

可愛らしいクリスマスカードの束をしっかり抱え、まずはホッと一息つく。

名前も知らない、顔もよく判らない私の小さな友人達。

みんな、メリークリスマス! 今年もたくさんのカードをありがとう。

そして・・・、



「ありがとう、カカシ先生。 お陰で無事に任務完了できたわ」

「どういたしまして。 お役に立てて何より」 



ニッコリ微笑み合うと、どちらからともなく手を取り合って、のんびりと里を目指した。

一人ではあんなに不気味だった深夜の森も、先生と一緒だと怖い物なんて何もない。

それどころか、繋いだ掌や、もたれるように寄り添った腕の温かさに、スキップしたくなるほど心が弾んでいる。

軽口を叩きながらじゃれ合うように絡まってみたり、何かの物音にわざと驚く振りをして抱きついてみたりと、

すっかり浮かれながらてくてく歩いていると、



「サクラ、あれ・・・」



森の出口の先を指差す先生。真っ暗な中に、木の葉の里がぽっかりと浮かび上がっていた。

そう言えば、公園の一番背の高い木をクリスマスツリーに見立てて、いろんな飾りを付けてたっけ。

その木が、赤や青や黄色や白の小さな灯りをたくさん纏ってキラキラキラキラ瞬いている。

他にもあちらこちらで、家の壁や庭の植木に飾り付けたイルミネーションが幻想的に輝いていたり、

通りの並木が無数の光の花を咲かせて光のトンネルを形作っていて、なんだかロマンチックなお伽の国みたいだね。



「・・・すごい綺麗だね」

「こっちも凄いぞ」



ニッコリと、今度は上を指差した。



「うわー・・・」



大小さまざまな星屑達が辺り一面に煌いている。

広大な天空一面に広がる星の大伽藍。先程目にした時よりも、数倍鮮やかに光り輝いていた。

プラネタリウムのような冬の星座の大パノラマが、私の頭上の遥か彼方で雄大に繰り広げられていて、


サー・・・ ―――


言葉もなく見惚れる私の目の前を、流れ星が大きく駆け抜けていく。

今にも、橇に乗った本物のサンタクロースが頭上を横切っていきそうなほど、荘厳な星空だった。



「・・・本物のサンタさん、今頃何してるかな」

「そうだなぁ、世界中駆け回ってきっと大忙しだろうなぁ」



ポカンと星明かりを見上げていると、大きな手で背中からすっぽりと抱きかかえられた。

「うわぁ、こんなに冷えちゃって・・・」 と、一生懸命肩や腕を擦られる。

えへへ。 気持ちいい。

背中に先生の心臓の鼓動がはっきりと伝わってくる。

いつも変わらない、落ち着き払ったリズム。

先生の“生きてる証”を黙って背中で聴いていたら、いつしか、私の鼓動とシンクロしていた。



「凄い・・・。 お揃いだ」



いつの間にか私の心臓に手を当てて、自分の鼓動と聞き比べていた先生が、びっくりしたように笑ってる。

そうだよね。凄いよね。私達。

同じリズムで生を刻んで、同じリズムで呼吸をして。

同じリズムで惹かれあって、同じリズムで離れられなくなって。

これからも、ずっとこうして同じリズムで一緒にいられるかな・・・。



静かに視線を動かして、すぐ側にあるちょっと眠そうな顔をぼうっと眺めた。

この猫背のサンタさん。普段は忍の姿をしているけど、本当は魔法使いに違いないわ。

だって、いつだって私の一番の望みを叶えてくれるのよ。

逢えないって諦めていた今夜だって、魔法を使って逢いに来てくれた。

今だって、ほら・・・。

うっとりするほど優しいキスを、こんなにも惜しみなく贈ってくれる。

ねぇ、今度はどんな魔法を見せてくれるの?

子供達の夢を叶えた後は、私の望みを全部叶えてね。

ずっと離れていた分、もうほんの僅かでも、あなたと離れていたくない。

もっともっといっぱいキスして。

いっぱい、いっぱい、好きって言って。



「ずっと、サクラの事考えてた・・・。 お前に逢いたくて仕方なかった・・・」



切なそうに笑う仕草に、胸が一杯になる。

私もあなたに逢いたかった。

逢いたくて逢いたくて・・・、寂しくて寂しくてたまらなかったわ。

どうしよう・・・。また、涙が止まらなくなりそう。

「・・・ホントに泣き虫だな」 って優しく涙を吸い取られたら、余計に止まらなくなっちゃったじゃない・・・。



「急いで帰ってきたからさ。 プレゼント何も用意してないんだけど・・・」



申し訳なさそうに笑っているけど、そんな事どうだっていいの。

目の前のあなたが最高の贈り物なんだから。

ゆるゆるとかぶりを振りながら、しっかりと抱き付いた。

温かい・・・。

この温もりが・・・、一番欲しかったもの。



「・・・ごめんなさい。 私も、まだ用意してないの。 先生、何が欲しい?」

「そりゃもちろん・・・」



チュッと、胸元の白いファーとの境目を軽く吸い上げられた。

そのまま、ひょいっと抱き上げられる。

「キャッ!」 びっくりして、思わず首にしがみつくと、



「ンン・・・・・・」



またしても、熱い舌と熱い吐息に捕らえられた。もう、寒さなんて感じている隙もない。

「カカシ先生・・・」 うっとりと夢見心地でその余韻に酔い痴れていたら、突然耳元で、



「来年までにはさ、ツーカップぐらいボリュームアップさせてやるから大丈夫。 安心して」



ニヤニヤと怪しい笑みで宣言されてしまった。

ツーカップって・・・、ボリュームアップって・・・。



だから、いくらカカシ先生でもその事には触れてほしくないんだってば!



「イーダ!」 真っ赤になりながら悔し紛れに、思いっきり薄い頬を引っ張ってやった。

「アハハ〜」 って・・・、酷ーい! ひょっとしてからかった訳!?

それよりも何も、もうこんな服着たくないわよ。

だって・・・、それはまた先生と離れ離れのクリスマスって事かもしれないでしょう。



「あー・・・、俺のスケジュールに関係なく、まだまだやらされるぞ。多分」



何それ・・・。

「結構人気あるんだよ、サクラは」 ってそんなお気楽そうに笑わないでよ。

来年もこんな格好続けるの・・・?



「嫌なら、早いとこ上忍になる事だな」



簡単そうに言ってくれますけど、誰もが先生みたいにすんなりと上忍になれる訳ないでしょう。

あーあ・・・。来年もこれやるのか・・・。



「さてと・・・、そろそろ帰りますか」



落ち込む私をよそに、ニッコリ笑いながら、そのまま里を目指して木々の間を駆け抜ける先生。

風切る音に混じって、少々調子外れのクリスマスソングが聞こえてきた。

なんだか私も可笑しくなって、くすくす笑いながら一緒に口ずさむ。

過ぎ去る彼方に、満天の星が宝石箱のように煌いていた。



「ねぇ、カカシ先生?」


「ん?」


「どうせならツーカップぐらいじゃなくて、もっとドドーンとボリュームアップさせてよ」



綱手様並にとは言わないから、せめて紅先生並ぐらいには・・・。

そうよ。せっかくだから私の望みを、このいかがわし気なサンタクロースに叶えてもらおうじゃないの。


グラッ ・・・


僅かだけど、先生がバランスを崩したのが判った。

うわー。面白いくらい真っ赤になってる!



「・・・えーと、やっぱり・・・、サクラは、少し控えめの方が可愛いかも・・・」



ちょっとだけ目を逸らしながらボソッと呟き声がする。

残念。 ボンッ!キュッ!ボンッ! は、夢のまた夢か・・・。

まあ、いいや。徐々にボリュームアップさせてもらおう。先生の好みの大きさに。

ウフフフ。 先生の心臓、すごく速くなってる。先生のドキドキが感染って、私も一緒にドキドキしてるよ。

ドキ、ドキ、ドキ・・・

大好き、大好き、大好き・・・

この気持ちもちゃんとシンクロしているかな?

明るくなったら、ケーキを焼いて、プレゼントとディナーの準備も考えなくちゃ。

本物のサンタクロースさん、素敵なプレゼントをどうもありがとう。

あと何時間かで夜が明けるけれど、それまでに一人でも多くの子供達に幸せな夢をプレゼントしてください。

今の私と同じように、世界中の人達がどうか幸せでありますように・・・。



メリークリスマス! カカシ先生。

私の素敵なサンタさん。



                                                           (了)